英語の助動詞の have to ~ という言いあらわし方は、「~する必要がある(~しなければならない)」という義務の must の助動詞のかわりとして使われるみたいで、基本的には両方とも「圧力」をあらわすということで、must の方は自分の意思による圧力で、have to ~ の方は、自分以外の他者やなんらかの規則からの圧力をしめす、という説があるみたい。それで、この圧力をしめす must や have to ~ ということから、なにか精神的な重荷というか、重圧のようなものにも当てはめられるような部分があるかな、という風に思った。あまりにも、規則などの法による圧力が、自分に対して強くなってしまうと、それが重荷になってしまうだろうし、また不自由なあり方に通じてしまうようにもなりえるのではないか。この、常に外からかかっているような圧力を、どのように自分の中にとりこめるか、または排除するのか、ということが、ひとつの精神的な安定のアプローチとしてありえるかもしれない。そして、その不必要な外からの圧力というものを、脱構築するような感じで、自分のなかで意味を組み替えていくことができれば、それがひとつの自由の道として活かされることができるような気がする。
…もしかすると、外からの何らかの強制としての圧力というものは、ひとつの意義あるセンス(意味)でもあるのだが、それは裏返してみれば、またひとつパースペクティブをとることが可能であれば、別なナンセンス(無意味)でもありうるような存在として、知覚されるものなのかもしれない。あくまでイメージとして、自分に圧がかかっているような must や have to ~ という単語(記号)は、面白いような感じがしているし、それぞれ人によって、地域や国のちがいによって、または考え方のほんの少しのズレやちがいからでも、様々な圧がありうるものなのだろう。